
THE BLUE Spirits インタビュー第21回は、山岳写真家・塩田諭司さん。
塩田さんの『山稜からの贈り物〜山岳Blue〜』の写真展を観に行ったところから、塩田さんとのお話は始まります。山の話をしている塩田さんは、“純粋さ”そのもの。子どもが目をキラキラさせて話すかのように、山のことを話してくださいます。けれど、その作品づくりはまさにプロフェッショナル。星の位置や光の具合を緻密に計算し、一瞬のタイミングを逃さずに切り取る。そうして生まれた塩田さんの「山の青」は、私たちの日常では出逢うことのない、神秘的な輝きを見せてくれます。山に魅了され、今もなお撮り続けている塩田さんに、山のお話をたっぷりとお聴きしました。
山稜からの贈り物 〜山岳Blue〜


塩田さん その当時、「八ヶ岳ブルー」という言葉が流行っていたんです。 秋から冬にかけて、西高東低の冬型の気圧配置になると、空気が澄み切り、まるで吸い込まれそうな青空の下に山々がくっきりと浮かび上がる。 そんな光景を表す言葉として、「八ヶ岳ブルー」という表現が生まれ始めた頃でした。 それで私は、「八ヶ岳ブルーとは一体どんなものなのか」と、その本質を追い求めていったんです。
今回の『山岳Blue』の展示では、あえて北アルプスを取り入れました。
というのも、八ヶ岳は街が近く、人工の光が多すぎるんです。
だからこそ、より自然な“青”を求めて北アルプスへ向かい、その延長線上で撮影したのが、白馬の山頂からの一枚です。
この場所は「滝雲」が出やすいことで知られています。
月明かりに照らされて、白い滝雲が青く輝く・・あの幻想的なブルーを撮りたかったんです。
ただ、この雲はとても繊細で、太陽が昇るとすぐに消えてしまいます。
太陽が出るということは、冷たい空気が温められる。
その“太陽が出る直前”、空気がまだ凍てつくように静まり返った瞬間にだけ現れる、一瞬のブルーの時間なんです。
そして太陽が顔を出すと、滝雲も、その青も、すっとどこかへ消えていってしまうんですよ。

──この池も美しいですね。
塩田さん これも、雨上がりの池を撮った一枚なんです。
雨が少ないと池はすぐに干上がってしまい、水面がきれいに張ることはなかなかありません。
だからこそ、撮影は“タイミング”がすべてなんです。
惑星が水面に映り込むよう、この時間、この角度ならこうなる・・そう綿密に計算してシャッターを切りました。
ただ山に登って撮るだけではなく、自然と光と時間、すべてが重なる一瞬を狙っているんです。

──撮っている時は楽しいですか?
塩田さん めちゃくちゃ楽しいですよ。
自然の中にある“ブルー”は、本当に神秘的なんです。
だから、つい一晩中起きてしまうこともあります。
寝てしまうのが、もったいなくて。
日が沈んだあとのブルー、深夜のブルー、そして明け方のブルー。
そのどれもが少しずつ違っていて、それぞれに表情があるんです。
だから多いときは、山小屋に連泊して、その移り変わりをずっと見届けます。
このあいだも、北穂高にある山小屋に2泊しました。
山の中にいるとね、人は“素(す)”になるんです。
自然の中に身を置いていると、心がすっと澄んで、気持ちがクリアになっていくんです。
──自然のブルーもさまざまな色を見せてくれますよね。
塩田さん そうなんです。空の青も、海の青も、毎回違う。
今日と明日でも、まったく同じ色にはならない。
それは、太陽の位置や雲の有無、空気中の塵や湿気など、
さまざまな要素が重なり合って生まれる“色”だから。
つまり、自然の色はすべて一期一会。
同じ色には、二度と出逢えないんです。
だからこそ、この“青”という色は、簡単には出逢えない特別なものなんです。
──青い時間はどれくらいの時間、見れるのですか?
塩田さん そのときによって、撮影時間はさまざまです。1分のときもあれば、数秒で終わることもありますし、長くても5分ほどですね。
もちろん、撮影の瞬間は気温や風の影響も受けます。たとえとても美しいブルーが広がっていても、風が強いとカメラが揺れてしまって、うまく撮れないこともあるんです。
──そんなに強い風が吹いているんですね。
塩田さん そうなんです。風速10メートルから15メートルほど、時には台風のように強い風が吹くこともあります。
山の上では、無風の状態というのはめったになくて、ほとんどいつも風が吹いているんですよ。
──山の上で、無風を体験したことはありますか?
塩田さん たまにあります。快晴で風ひとつない日が。でも、そんな日は本当にめずらしくて。実は少し、つまらないんですよね。風がないということは、雲が動かない。だから、写真を撮るにはあまり向いていません。
撮影のときは、少し雲が出ていて、風が流れているほうがいいんです。雲は、二つとして同じ形のものがない。だからこそ、その一瞬の表情を撮るのが面白いんですよ。
──私、風に吹かれるのもすごく好きなんです。風は、大気の流れだと感じていて。それで以前、「空の青はなぜ青いのか」という話をしていたときに、「空が青く見えるのは、大気があるからなんだよ」と聞いたんです。
塩田さん まさに、その通りだと思います。
地球だけが青く見えるのも、その大気があるおかげなんですよね。

「この素晴らしい景色を生で見たい」それが原点
──塩田さんのことをお聞かせいただきたいのですが、写真はいつから撮られていたんですか?
塩田さん そもそものきっかけは、19歳の大学生のときに大きな病気で入院したことでした。
病室のテレビに、日本の山々の映像が流れていたんです。
それを見ながら、「こんなに美しい場所があるんだなぁ」と思いました。
でも同時に、「もう死んでしまうかもしれない。この素晴らしい景色を、生で見たかったな」と感じたんです。
その後、幸いにも手術は成功し、命を取り留めました。
「生きているじゃん!」と実感した瞬間でした。
どうせ一度は死を覚悟した身。だったら、これからは好きなことを思いきりやってみよう。そう思ったんです。
そこで山へ行く計画を立てました。
でも、ただ登るだけではつまらない。何か形に残したい、記録に残したい・・・そうして始めたのが「山の写真」でした。
最初は友人たちと丹沢に出かけたんですが、全員が素人で、もう大変(笑)。
雨風に打たれ、びしょ濡れになって、ひどい目に遭いました。
「これはダメだ」と痛感して、山の知識や技術をちゃんと学ぼう、写真の技術も磨こうと決意。
いろいろ調べているうちに、山の雑誌で「登山と写真の両方を教えます」という山岳会の案内を見つけたんです。
そこには、経験豊富な社会人の先輩たちがたくさんいて、山のことも写真のことも、いろいろ教えてもらいました。
そこから、私の本格的な山の人生がスタートしたんです。
──山の技術とは、たとえばどういうものですか?
塩田さん 簡単に言うと「山の登り方」なんですが、まず基本になるのは靴ひもの結び方です。
それをきちんとできていないと、靴擦れしてしまいますからね。
そこから始まって、荷物の詰め方。多くの人は、重いものから順にリュックに入れていくと思いますが、実は逆なんです。軽いものを下に、重いものを上に、そして背中側に重いものがくるように詰めると、ぐっと楽になります。
さらに、水の飲み方や休憩の取り方、そして歩き方にもコツがあります。最初の30分、次の40分、その先の40分・・それぞれに適した歩き方があるんです。
そうした基本をきちんと身につけているからこそ、私たちは何時間も重い荷物を背負って歩き続けることができるんですよ。
──ぜんぜん知らなかったです。
塩田さん それはあくまで普通の歩き方であって、もちろん雪山には雪山特有の歩き方がありますし、風の強い日にはまた別の歩き方があります。
さらに、もし熊に遭遇したときの対処法なども学んでおく必要があります。
──塩田さんオススメの山はありますか?
塩田さん 初心者の方でも登れるのは、蓼科山です。ここに泊まれば、昼の景色はもちろん、夜景や深夜の静けさ、朝の光景まで、どの時間帯も素晴らしいですよ。すべての時間を楽しめる山です。
山では「八ヶ岳ブルー」。これは、秋から初冬にかけての八ヶ岳の空の色を指します。澄み渡る青空・・八ヶ岳ブルーの下で山が映える景色は、格別に美しいです。山は白く雪化粧し、紅葉が残る時期には、さらに鮮やかさが増します。
山肌が青く染まる瞬間を写真に収めるなら、やはり山の上に泊まって、その景色をじっくり味わって欲しいですね。
──山の季節は、やっぱり夏ですよね?
塩田さん 山のベストシーズンは、夏ではなく9月から10月です。秋は空気が澄んでいて、景色がとても美しいんです。
夏は暑いし、人も多く混雑するので、あまりおすすめできません。
もう一つ、秋になると朝晩はぐっと冷え込みますが、日中は気温が高くなります。その時期の早朝、雲が滝のように流れる“滝雲”という自然現象があるのですが、それを見ると感動しますよ。
「同じ山に何度も行く」理由
──塩田さんが日本全国の山を撮影してきて、この青が特に良かった、といったような山はありますか?
塩田さん 全部いいよね。でも、この山がいい、というのがあったとしても、その日に行って、絶対にそれが見れるわけではないのでね。特に自然のブルーはね。
──じゃあ、この山がいいよ、というおすすめに行ったとしても、同じように良い写真が撮れるわけではないんですね。
塩田さん でもね、逆にいうと、私が見た景色より、さらにもっといい景色に出会えるかもしれないよね。
──確かにそうですね!
塩田さん 行ったとしても同じブルーに出会えるとは限らない。だから、同じ山に何度も行くのね。
私、百名山をやっていないんですね。こんなに山を相当登って撮っているけれども。同じ山に何回も行くから。
普通の登山家というのは、百名山で一度登ったら、もう行かないんです。ピークハンターと言って、山頂で写真撮って終わり。
私は違うんです。同じ山に20回、30回登って、写真を撮ります。でも毎回、景色が全部違う。色が違う。だから行くんです。この間より、もっといい写真が撮れるんじゃないか、って。
なので、毎回いろいろな方をお連れして、何度登っても全然苦じゃないんです。もっと違う写真が撮れるかもしれないと思って。好奇心が強いから。だから何度も同じ山に通うんです。
「感性」は気づくことから
──塩田さんのように、ここまで「山岳ブルー」のような青い山を撮っている方は、他にあまりいないのではないでしょうか。
塩田さん いませんね。だから、よく「お前は変わってる」と言われます(笑)。
普通、写真ではさまざまな色を使いますよね。私も決して青一色だけで撮っているわけではありません。
美しい青を表現するためには、やっぱりウォームカラー(暖色)だったり、モノクロだったり、いろいろ撮らないと、感性って動かないから。だから青だけっていう人はいないですよね。
──塩田さんにとって、山の魅力や写真の魅力とは何でしょうか?
塩田さん 毎回違うことですね。同じものは二度とないから。同じ山でも、その瞬間その瞬間で空気や風景が違うんです。たとえば、今日ある山に登って、明日また登ったとしても、見える色はもう違う。同じ山、同じ色というのは絶対に存在しません。なぜなら、自然だからです。
もちろん、それをどう感じるかは人それぞれの感性によります。同じだと感じる人もいるかもしれませんが、それはその人の見え方次第ですね。
──その感性というのは、何でしょうね? カメラマンは感性がある方々ですよね。
塩田さん 感性はあるでしょうね。でも何の感性かはそれぞれ違いますよね。人の動きに敏感な人は、それを撮るのが上手いです。スポーツカメラマンの人は、やっぱり人を撮るのが上手いから、サッカーでも、そういうシュートを撮る瞬間とかあるじゃないですか。それって感性だから。
──では山の感性としたら、なんでしょうか?
塩田さん 気づく、気付かない、だと思います。私は山では何でも気づきます。
私ね、自然保護指導員をしているんですよ。なので、山を綺麗にしよう、綺麗にしていかなくちゃいけない。そう思ってるんですね。だから山でゴミが落ちてたら拾いますよね。キャンデーのちっちゃいゴミとかも、どんなに小さくても気づくんです。でも気づかない人は、全然気づかない。
登山道を歩いていても、きれいな花があれば写しますよね。きれいな花がないかな、何か面白いものがないかな、と思いながら歩きます。ゆっくり歩くと、紅葉の黄色や赤の落ち葉にも気づくし、自然の美しさに気づきます。
──気づこうとする意識でしょうね。
塩田さん 意識して美しいものを探す感性かもしれませんね。いいものを撮りたい。そういう意識でしょうね。
だから街でもアスファルトの間から花が出て咲いていると、すごいなぁって思うしね。
青は奥深く神秘的な色
──塩田さんにとって「青」に惹かれる魅力とはなんでしょう?
塩田さん 青は奥深いですよね。すごい素敵な色で、自分の気持ちいい色。たとえ気分が沈んでいても、青を見るとわぁ〜ってなりますよね。山に入ると、いつも感動します。それに青は神秘的な色だしね。
──山での時間は、長いとか、短いとか、そういう時間の感覚はありますか?
塩田さん 集中している時は早いよね。待ってる時は当然長いです。でも、集中していないといい作品は生まれないからね。
今この景色をどう切り取るか。切り取ったのを第三者にどう見てもらうか? 見てもらうために、どう表現するか? そういうのを考えて撮っていますね。
あとは経験ですよ。私も山を見ながら、これから天気が回復して晴れそうだ、とか、逆に雨が降りそうだな、とか。雨が降りそうな時はもう山小屋に入っておとなしく飲んでね。そういう勘がはたらくようになります。
──自然の中では、なおさら勘が研ぎ澄まされていく感じがありそうですよね。
塩田さん きっとあるでしょうね。
青の感動を届けたい
──塩田さんは生涯現役で山を撮りたいですか? 今後やりたいなどがあれば聞かせていただけますか?
塩田さん 今は個展をシリーズで続けていて、「色」をテーマにさまざまな作品を発表しています。
もちろん“青”も撮り続けていますが、他の色にも挑戦しながら、
またいつか“青”に戻って、これまで以上に、美しい“青”を表現したいと思っています。
できれば、写真集としてまとめたいですね。
以前、“人物”をテーマに、山小屋を舞台にした写真集を出したことがあるんです。
だから今度は、もっと本格的に“山”そのものをテーマにした写真集を作りたい。
そして何より、この“青”の感動を、写真を通して多くの人に伝えていきたいですね。
──塩田さんは、これまで「山岳写真家をやめよう」と思ったことはないですか?
塩田さん ないですね。
もちろん山に登るには、時間も、体力も、健康も、お金も、そして“運”も必要です。
だから途中でやめてしまう人もいます。
登山には、いつだって何かしらの障害があります。
スケジュールが合わなかったり、体調を崩したり・・そういうことは当然あります。
でも、やめようと思ったことは、一度もないんです。
それが苦になったこともない。
「明日、山に行くの、面倒だな」なんて思い始めたら、きっと続かないですよね。
でも私は、一度も“面倒だ”と思ったことがないんです。
眠くても、山に行こうと思うと不思議と目が覚めるんです。逆にドキドキするよね。
だって、もし寝てしまったら、その瞬間に出逢えるかもしれない“素晴らしい景色”を見逃してしまうかもしれないでしょう?
そう思うと、もう寝てられないよね。
──素敵ですね!私もいつか、本物の“山の青”を見てみたいです。
塩田さん いいところ、たくさんありますよ。
たとえば三つ峠。ここから見る富士山は本当に美しい。
それから蓼科もいいし、千畳敷もおすすめですね。
山小屋もあって、ゆっくり過ごせますよ。
あとは戦場ヶ原の夜もとてもきれいです。
そんな景色を見ないまま人生を終えるなんてもったいない。
きっと「来てよかった」と思いますよ。絶対に後悔しません。
──また行きたい!って思いますね。
塩田さん そう、それなんです!
知らないままなんてもったいないですよね。
やっぱり、テレビや写真で見るのと、生で体験するのとではまったく違う。
しかも山の色は、刻一刻と変わっていくんです。
日が沈み、星が現れ、天の川が浮かび、流れ星がすっと走る。
やがて夜が深まるにつれて、空はだんだんと濃く深い青へと変わり、
そのあと少しずつ薄明るくなって、太陽が昇り、再び色が移ろっていく・・。
そんな瞬間をずっと見ていられるんですよ。
一晩中、撮影ポイントにいても飽きない。
ずーっといるとね、最高ですよ。
塩田さん、素敵な山の青のお話をありがとうございました!

山岳写真家 塩田 諭司
https://shiotasatoshi.com/
Instagram https://www.instagram.com/jj1mav328t/
19歳の頃より山岳会に所属し、山と写真の技術を学びながら山岳写真の撮影を開始。
1992年から2014年にかけて、山岳雑誌『岳人別冊』の(東京新聞出版局)特派カメラマンとして活躍。
現在は、山岳雑誌『岳人』(モンベル)および『山と溪谷』に写真と記事を提供している。
ヤマケイカレンダー2026『美しき日本の山』では、12月の写真を担当。
2009年より八ヶ岳の山小屋を取材し、そこで生き生きと働く人々の姿を紹介。
近年は、山で出会う多彩な色彩に焦点を当て、「山岳カラー」をテーマに個展を開催している。 2023年には「山岳Blue」を開催し、2025年は「山岳Warm Colors」と題し、赤・黄・橙などの暖色をテーマに作品を発表。
東京都知事賞、林野庁長官賞、朝日新聞社賞、全日本山岳写真展 協会賞など、数多く受賞。
公益社団法人 日本写真家協会(JPS)会員、一般社団法人 日本自然科学写真協会(SSP)会員。
公益社団法人 東京都山岳連盟認定サミットガイド、日本スポーツ協会 公認スポーツ指導員、自然保護指導員の資格を保有。
東京都山岳連盟および昭和医科大学リカレントカレッジにて写真教室の講師を務めるほか、
山小屋主催の写真教室に出張し、写真指導を行っている。


