『母なる色』志村ふくみ

『母なる色』は、志村ふくみが著した染織に関する随筆集で、色彩と自然、そしてその背後にある文化や精神を深く掘り下げています。

志村ふくみは、青い色を「母なる色」として捉えています。この視点は、青が持つ包容力や深遠さを示しています。彼女の著書では、青い色が自然界でどのように存在し、人々の生活にどのように溶け込んできたかが描かれています。特に、日本の四季折々の風景の中での青の表現は圧巻で、空の青、海の青、山の青といった多様な青の色彩が、自然と人間の深いつながりを象徴しています。

藍染めと伝統文化
志村ふくみは、藍染めの技術とその歴史についても触れています。藍染めは、日本の伝統的な染色技術であり、その深い青色は「ジャパンブルー」として世界に知られています。藍の葉を発酵させて作られる藍染めは、手間と時間をかけて行われるものであり、その過程自体が自然との対話といえます。志村はこの藍染めの過程を通じて、青が持つ神秘性と力強さを解き明かし、その色がいかに日本文化に根付いているかを示しています。

藍という植物が人間にあたえられたことは恩寵である。
青こそ天からしたたり落ちた色であり、藍という植物によって人々が醸成した色である。
藍は天上の色でありながら、すぐれて地上の色である。
貴族の色であるよりは、庶民の色である。西欧の色であるよりは、東洋の色である。
もう一つ言えば日本の色である。
母がよく、日本の女性は藍の着物を着た時が一ばん美しい、と言っていた。
小柄な肌の白い黒髪のつややかな日本の女性に紺のすがすがしい緋の着物を着せたい、
それは日本人なら誰しも思うことだろう。
藍は建てるといって、さながら甕の中は小宇宙のようである。
その小宇宙に生命が宿り、藍の色が生れる。
他の植物は大方、釜で炊き出して色を得るが、藍だけは特別の行程を経なければならず、
古来より、地獄建て、鉄砲建て、澄し建てとさまざまの行程を人間の五感をたよりに建てるのである。
藍の色の生命は、涼しさ、いさぎよさ、きよさにあるといえる。
濁ってはならないのである。
藍の最も盛んな色を縹といい、終末に近づいた色を甕のぞきという。
縹は輝く青春の色であり、甕のぞきは品格を失わぬ老齢の色である。
その甕のぞきほど至難な色はない。大抵の甕は終りに近づくと力を失う。
水甕の上からのぞいたような淡々とした色、老いてなお矍鑠とした気品を備えた色なのである。


『母なる色』志村ふくみ

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