THE BLUE Spirits インタビュー第24回は、静岡県裾野市で酒屋「みしまや」を営む四代目、江森慎さん。
物静かな佇まいの奥にあるのは、物事を本質から見つめる確かな洞察力。そして何より、地元の人々から自然と応援される、あたたかく誠実なお人柄です。その言葉のひとつひとつから、裾野の未来を思う静かな情熱が伝わってきました。
青いお酒が生まれた背景には、どんな経緯があったのでしょうか。
その青い色を届けてくれたボスカスの土屋しおりさんもご一緒してただき、「青い新(あらた)」誕生の物語を紐解きました。

まだまだやれることがある
──江森さんがご実家の酒屋「みしまや」を継がれた経緯を教えていただけますか?
江森さん 正直に言うと、幼い頃から「大きくなったらみしまやを継げ」と言われ続けることが、本当にいやでした。その思いは大人になってもずっと心のどこかに残っていました。
大学卒業後、私は実家を離れ、浜松で会社勤めをしていました。30歳を過ぎた頃、父が入院したことがひとつの転機になります。
実家に戻るなら戻る、戻らないなら戻らない・・。
どちらにしても、自分の気持ちにきちんと踏ん切りをつけなければいけないと感じました。
実は、家業である「みしまや」のことを、私はほとんど理解していなかったんです。子どもの頃に父の配達を少し手伝った程度で、経営の中身までは何も知らなかった。
そこで会社を辞める決断をする前に、約1年かけてお店のことや業界について徹底的に調べました。
ちょうどその頃は、お酒の規制緩和が進み、ドラッグストアやスーパーでも自由に販売できるようになった時期でした。
世間では「酒屋は厳しい」「若者の酒離れが進んでいる」「廃業が相次いでいる」といったネガティブな話も多く聞こえてきました。
そんな状況の中で、ふと疑問が湧いたんです。
「なぜ、うちは毎日シャッターを開け続けられているんだろう?」と。
その素朴な疑問をきっかけに、内部の状況や強み、課題を一つひとつ紐解いていきました。すると見えてきたのは、「もったいない」ことの多さでした。やれることはまだまだあるし、可能性も十分にある。
調べた結果、やっぱり厳しいね、と感じていたら、私は戻らなかったと思います。
けれど実際は真逆でした。むしろ可能性しかない。活かしきれていない強みがたくさんある。できるところから少しずつ変えていけば、可能性は多分にある業界だと感じました。そう確信できたからこそ、戻る決断をしました。
最初はお酒のことから調べ始めましたが、次第に家業の立ち位置や、静岡の業界全体の状況、さらには全国的にはどうなのか、世界的に見たらどうなのか。そんなふうに世の中の動きまで視野を広げていきました。
そして地域との関係性を含めて見つめ直す中で、「自分にできることをやろう」と心から思えたのです。
──江森さんが引き継がれてからのこの10年間で、どのような取り組みをされてきましたか?
江森さん まずは「片付けること」から始めたんです。
今こうして座っているこの空間も、当時は存在していなかったんです。今は当たり前のように見える場所も、その名残がわずかに残っているくらいで、当時はまったく違う景色でした。
とはいえ、当初は父の世代のメンバーと一緒に店をやっていました。当然ながら、それまで積み重ねてきたやり方や価値観があります。その狭間で、まさに “三歩進んで二歩下がる” という日々でした。時には五歩、六歩と後退するように感じることも何度もありました。
それでも、また一歩ずつ前に進む。
「一年で一歩でも進めばいい」――そんな気持ちで、本当に少しずつ、少しずつ、積み重ねてきています。
空間を整え、不要なものを手放し、“場”をつくっていく。やがてカウンタースペースを設け、そこを起点にイベントを開催するようになりました。
さらに、レストランやレンタルスペースで、さまざまな異業種の方々とコラボレーションも行ってきました。
また、農業にも取り組んでいます。
今回の「青い新(あらた)」で使用している原料はバタフライピーですが、その栽培を地域の皆さんと一緒にやっています。
お酒そのものは飲めないですけど、地元の小学生やそのご家族、高校生のクラブ活動、先生たちとも一緒になって作ってきました。商品づくりを通して、地域と関わり、共に時間を重ねていく。そんな取り組みを続けています。


──バタフライピーを学生さんたちと育てるところからスタートされたのですね。
江森さん バタフライピーも育てていますし、実はお酒の原料となるお米づくりから関わっています。
現在、お米は市内の3人の農家さんと、NPO法人の方にご協力いただいています。お芋は別のNPO法人の方にお世話になり、水も地域の方の力を借りています。つまり、原料の栽培から仕込みまで、すべてが地域の中で完結しているんです。
本当に「みんなでつくっている」お酒だと思っています。
「青い新」は蒸留酒のジャンルにあたります。静岡県内で蒸留酒の製造免許を持つ酒蔵は3軒あり、東部・中部・西部にそれぞれ1軒ずつ存在していて、それぞれに設備や特徴が異なります。蒸留方法が違うと、仕上がりの味わいもまったく変わってきます。
このお酒は、どちらかというと軽快で、軽い酒質を目指しているので、減圧蒸留機を使用しています。製造は東部にある 富士錦酒造さんにご協力いただいています。
一方、芋焼酎はお芋の香りをより豊かに、芳醇に引き出したい。そのため常圧蒸留機を使っています。こちらは 杉井酒造さんに設備をお借りして仕込んでいます。
同じ蒸留酒でも、設備や製法の違いでまったく異なる表情が生まれる。地域の蔵元と連携しながら、それぞれの強みを活かして形にしているのが、この取り組みの大きな特徴です。
失敗と決断
──なぜ青のお酒を作ろうと思ったのですか?「青い新」の発想はどこから生まれたのでしょうか。
江森さん 実は、最初から「青いお酒をつくろう」と狙っていたわけではありません。
今ここにあるのは米焼酎「新」なのですが、2020年の発売当初は、芋焼酎「新」でした。
最初の年は、軽快な酒質を目指して、東部の富士錦酒造さんの蒸留機を使って仕込みました。
翌年は味わいの違いを表現するために、中部の杉井酒造さんの蒸留機をお借りして別タイプをリリース。そして3年目には、両方を同時発売する構想を描いていました。
ところが、その3年目に初めて大きな失敗をしてしまったんです。芋の熟成工程で、300kg以上をダメにしてしまいました。
「新」は、収穫した芋を一定期間熟成させてから仕込む設計なのですが、その熟成に失敗してしまったんです。ただし、その時点ですでに、地域の皆さんと育てたお米で “もろみ”(焼酎のもと)は仕込みを進めていました。
本来なら二次原料として芋を投入する予定でしたが、失敗した芋を使うわけにはいかない。
しかし、仕込みは進んでいる。どうするか――。
選択肢は二つでした。もろみをすべて廃棄するか。それとも、このもろみを生かして、米焼酎として世に出すか。
悩んだ末、腹を決めました。地域の皆さんに急遽、もう少しだけお米の協力をお願いして、米焼酎「新」として発売することにしたのです。ある意味、失敗から生まれた一本でした。
その後しばらくして、裾野でハーブ農家を営むボスカスさんご夫妻と出会います。ご主人は裾野のご出身で、もともとは横浜にお住まいでしたが、お仕事の関係で地元へ戻られたタイミングでした。
ちょうど、失敗から生まれた米焼酎「新」ができた頃のことです。もしこの出会いがなければ、「青い新」は生まれていませんでした。
失敗と決断、そして偶然の出会い。
それらが重なって、あの“青”につながっていったのです。

ボスカスさんとの出逢いで「青い新」が誕生!
──どのような経緯で「青い新」は生まれたのでしょうか?
江森さん ある日、裾野のハーブ農家・ボスカスの土屋しおりさんが、ふらっとみしまやに立ち寄ってくださり、米焼酎「新」を購入してくださいました。その時は、どのようなお仕事をされているのか詳しくは伺っていなかったんです。
それからしばらくして、土屋さんが小さな瓶を手に、またお店に来てくださいました。
「これ、ちょっと持ってきました」と。瓶の中には、米焼酎「新」にバタフライピーを漬け込んだ青い焼酎が入っていました。
「え? これは何ですか?」と尋ねると、
「勝手に漬けちゃいました♡」と、にこやかに。
こちらとしては「えぇ?!」という驚きでした(笑)。けれど、その瞬間に思ったんです。こういう自由な発想こそ、大事なのではないかと。
焼酎は透明なもの――。
業界には、どこかそんな “当たり前” の世界観があります。良い悪いではなく、それが常識として存在しています。
でも、目の前にあるのは、鮮やかな青に染まった焼酎。それは間違いなく、新しい一歩でした。
「新」というブランド自体が、“新たな一歩”、“歩みの一歩”をコンセプトにしています。
ならば、まずはやってみよう、と。
グラスに注ぐと、バタフライピーの特性によって、非常に濃い、深みのあるブルーから淡いブルーへと色が変化していきます。さらに柑橘を加えると、また違った表情を見せる。味わいだけでなく、視覚的にも楽しめる体験が生まれました。
これは、静岡から新しい焼酎の楽しみ方を発信できる可能性がある。そう感じました。
振り返れば、あの芋の熟成の失敗がなければ、米焼酎「新」は生まれなかった。そして、土屋さんとの出会いがなければ、「青い新」も存在しなかった。
失敗と偶然、そしてひとつの遊び心。それらが重なって、「青い新」はかたちになったのです。

原点回帰
──そもそも、なぜお酒を売る酒屋さんが、お酒造りをしようと思われたのですか?
江森さん 私がここへ戻ると決めたとき、業界のことや静岡という土地のことを徹底的に調べました。
全国的に見ても、静岡は水に恵まれ、自然の恩恵を豊かに受けている地域です。古くから酒づくりは神聖な営みとされ、各地に造り酒屋が根づいてきました。実際、近隣の市町を見渡せば酒蔵があります。
それなのに、なぜ裾野市には酒蔵がないのだろう・・。その疑問が、ずっと心に引っかかっていました。
店を片付けていく過程で、ある一冊の古いノートが見つかりました。茶色く黄ばんだそのノートには、菊芋を使って、今でいう芋焼酎を造ろうとしていた曽祖父の記録が残されていたのです。
私は曽祖父に会ったことはありません。生まれた時にはすでに他界していました。けれど、そのノートを手にしたとき、不思議な感覚がありました。まるで、時を超えて思いがつながったような。
みしまやを継いだとき、私は「原点を大切にしたい」と強く思っていました。創業してくれた曽祖父が、こんな状態のお店を望んでいたはずはない。立ち上げの頃は、きっと志を持って、一生懸命に取り組んでいたはずです。
もちろん父の代も、懸命に守ってきた。けれど、長い年月の中で少しずつモノが増え、それが日常となり、気づかぬうちに本質が見えづらくなっていたのかもしれません。
「原点回帰」。
それは、私の中で大きなテーマになりました。
そして、かつて抱いていた「なぜ裾野には酒蔵がないのか」という疑問が、曽祖父のノートと出会った瞬間、バチっと一本の線でつながったのです。
みしまやとして歩みながら、将来的には「大泉醸造」という酒蔵を立ち上げることを目標にしています。そのために今は学びながら、こうして酒づくりの経験を積ませていただいています。
曽祖父が果たせなかった夢を、「大泉醸造」の未来をかたちにできたら――。
裾野に、酒蔵を。
その未来を見据えながら、「新」という名のもとに、新たな一歩を踏み出してきました。
とにかく、一歩一歩、進んで行こう。
そんな歩みの中で、土屋さんとの出会いがあり、「青い新」という形が生まれました。
原点と未来。過去の志と、今ここにある挑戦。それらが重なり合って、いまの一歩になっています。

地域の方に背中を押される
みしまやでお話をお聞きしている途中で、ご夫婦のお客様がお見えになり、「歩」を購入されました。
──今のご夫婦はよくいらっしゃるのですか?
江森さん そうですね。ちょうど私が10年前に戻ってきた頃に、店の片付けから始めようと動き出したものの、現実は思った以上に複雑で、あれもこれも課題が山積みでした。気づけば八方塞がりのような感覚に陥ってしまった時期もありました。
時間だけが過ぎていく。何かを変えたいのに、どう動けばいいのか分からない。そんなときに出会ったのが、今のご夫婦でした。
「やってみないと分からないじゃないですか」
「失敗してもいいから、そのとき興味を持ってやってみたいことをやったらいい」
そう言って背中を押してくれたんです。
──素敵なご夫婦ですね。
江森さん そうなんです。今は区画整理の関係で、当時駅前にあったお店はもうないのですが、当時はその場所をお借りして、週に一度ほど “出張バー” のような形でお酒をご紹介する日を設けていました。カウンターに立ち、いくつかのお酒をおすすめする、そんな小さな取り組みでした。
もともとそのご夫婦は、その駅前のお店にお食事にいらしていたお客様だったんです。たまたま私が店頭に立っていた日にお会いしました。
お話を伺うと、以前、お酒であまり良い思いをされたことがなかったそうで。
「お酒は好きなんだけれど、良いと思える日本酒との出会いがなくて」とおっしゃっていました。
そのとき偶然お出ししていた日本酒が、お二人のお好みにぴったり合ったんです。そこからご縁がつながりました。
以来、ずっと気にかけてくださっています。お店にお酒を買いに来てくださるだけでなく、さまざまなお店をご紹介いただいたり、本当に多くの面で支えていただいています。
偶然の出会いから始まり、気づけば長く続くご縁になっています。そうしたつながりが、今のみしまやを支えてくれているのだと思います。
獺祭さんとの出会い
江森さん みしまやに戻るかどうか迷っていた時期、私にとって大きな存在となったのが「獺祭」さんとの出会いでした。
きっかけは、『逆境経営』という一冊の本です。獺祭の桜井博志会長の歩みが綴られていました。最初は酒造りそのものよりも、「なぜ、どん底からここまで再生できたのか」という点に強く惹かれました。クラフトビール事業での失敗や、杜氏がいなくなった時の危機など、決してきれいごとではない現実が率直に書かれていたんです。
代官山の蔦屋書店で桜井会長のトークイベントがあると知り、浜松から新幹線で足を運びました。
会場ではテイスティング用の獺祭をいただきながらお話を聞いていたのですが、何より印象に残ったのは、会長が良いことも悪いことも含めて、自分の言葉で語っていた姿でした。
なぜ自分は、こんなにも心を動かされているのだろう――。
桜井会長の話に胸を打たれながらも、どこか冷静な視点で自分自身を観察していました。
なのでその当時、獺祭さんのビジネス書籍を片っ端から読みました。従来の酒蔵経営という枠にとどまらず、一般企業の経営理論や考え方を徹底的に取り入れ、それを酒業界に置き換えて淡々と実行していく姿が、非常に勉強になっています。
自分が30歳を過ぎて、ゼロから家業を継ぐかどうかで迷っていたとき、覚悟を決めようとしても、どこかで踏み出せない。そんな時期でした。
けれど、借金を抱えながらも挑戦を続け、今の姿を築いた人がいる。そう思えたことが、大きな勇気になりました。
また、新政酒造さんの事例も印象的でした。かつてはジャーナリストとして活動し、実家の蔵に関心がなかった方が、旅先で出会った一杯に衝撃を受けたことをきっかけに、家業に向き合うようになった――。 異業種から酒の世界へ戻る人もいる。道はひとつではないのだと知りました。
結局のところ、やるかやらないかは自分次第なのだと。獺祭さんや新政さんの存在から、パワーをもらいましたね。

──江森さんと土屋さんとの出会いのきっかけは?
江森さん 私は地元に戻り、「ここから新しい一歩を踏み出すんだ」と決めた当時は、地域のイベントに毎週のように出店していました。すると、どのイベント会場にも、ふらっと立ち寄ってくださる方がいたんです。それが土屋さんでした。
行く先々でお会いして、
「あ、また来てくださった」
「今日も来てくださった」
そんなやり取りを重ねるうちに、いつの間にかイベントでお会いするのが当たり前の存在になっていました。そこから、酒屋にも足を運んでくださったんです。
土屋さん 夫の実家が裾野市で、こちらに引っ越してきたばかりだったんです。どんな出展者さんがいるのかなと思ってイベントを見て回っていたら、他の方は入れ替わるのに、みしまやさんはいつもいるなぁって思って。
江森さん そんなご縁の中で、ある日こんな会話になりました。土屋さんが、
「菊芋を作っているんですよ」という話になり、「菊芋!?!」と僕が反応したんです!
ハーブを育て、菊芋を栽培し、畑で農業をされていることを知っていきました。
土屋さん そうなんです。なので、まさか、バタフライピーのお酒を作っていただくことになるなんて、思ってもいませんでした。
江森さん そこからです。ある日、土屋さんが「お酒、青くしちゃいました(笑)」と、試作を持ってきてくださったんです。まさに “勝手にやっちゃいました” 的な感じでしたが、それがすべての始まりでした。
「一緒にやりますか!」と意気投合し、商品化へと進んでいきました。
土屋さん 江森さんの決断が本当に早くて。あれよあれよという間に商品になりました。
当時、みしまやのビジョンとして掲げていたのが、“みんなで裾野の未来をつくりたい” というパーパス。地域のみんなでつくるお酒。その中に、自分の育てているバタフライピーを使って、何かできないかなぁと思っていた時に、お酒を青くして持って行ったんですね。
焼酎は、お酒好きのためのもの、という印象が強くて、初心者には少しハードルが高いイメージがあったので、色がついていたら、ちょっとおもしろいかな、と思ったんです。
江森さん 振り返ると、もし芋焼酎での失敗がなかったら。土屋さんとの出会いがなかったら。
もしその順番が逆転していたら、「青い新」はもしかしたら、なかったかもしれません。
失敗があったからこそ、次の一歩があり、その一歩があったからこそ、青いお酒が生まれたんです。
土屋さん 私も芋焼酎だったら、色をつけようとは思わなかったかもしれません。透明の瓶に入った米焼酎だったからこそ、“色をつけたら綺麗かも”って思えたんです。
──なんだか人生っておもしろいですね。
土屋さん ほんとうにそうですね。
🔹🔹🔹🔹🔹
2025年、江森さんたちが5年の歳月をかけて磨き上げた芋焼酎が「東京ウイスキー&スピリッツ コンペティション2025」で金賞を受賞。
曽祖父が志した酒造りの道を、百年の時を経て、江森さんが受け継ぎ、実らせました。失敗も、迷いも、遠回りも、すべてが必要な時間だったのかもしれません。
一歩一歩、歩んできた道のりや、地域の人たちとの出会い。そのすべてが、「青い新」へと繋がっていきました。
裾野の風土と、人々の想い、江森さんの一歩一歩だけれども、確かな挑戦の積み重ねが、これからもこの地で、次の100年へとつながっていくのでしょう。
素敵なお話をありがとうございました。

みしまや
四代目
江森 慎さん
静岡・裾野地酒専門店 みしまやは、
富士山の伏流水で醸造された
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みしまや
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